3月30日

 

千人の音楽祭で船橋に来られた姉妹都市友好都市の方々は市民の家庭にホームステイされました。
ホストファミリーとして、ホームステイを受け入れられた、3人の市民の方に体験記を頂きました。

記号

松が丘 筒井俊一さん

我が家に泊まるゲストどんな人達かと、少々、胸をときめかせアリーナへ出迎えた。長旅とリハーサルのためか疲労困憊気味であったが、堀炬燵に入りすっかり打ち解け、話が弾んだ。スティーナとアナの若い女性を迎え、久しぶりに我が家も華やいだ。

 

彼女達は、日本文化に強い興味を持っていて、食事は全て日本食を希望。ご飯、味噌汁、焼き魚、おでん、納豆などに好奇心を示し、上手に割り箸を使い気持ち良く食べてくれた。障子、畳の部屋も気に入り「ビューティフル」を連発。

 

フリーの日には、八幡宮、大仏、長谷寺など鎌倉を案内。日本の中世の歴史にも関心を寄せ、特に大仏に歓声をあげた。

 

2人共、自分の考え、目標をしっかり持っていて国際的視野も広く、20歳前後とは思えない頼もしさを感じた。マナーも良く相手を思いやるやさしさがあり心温まる日々を共にできた。幸い、英語とドイツ語で対応出来、より交流が深まった。再会を約し別れを惜しんだ。


リビングでミニコンサート!?

 

記号

金杉 松浦未来さん


ヘイワード・テニソン高校の
カルロス、スティーブンと一緒に
(中央が松浦さん)

「船橋市って粋なことするね」友人にこんなことを言われた。千人の音楽祭のホストファミリー体験は2回目で、おてのもの?のはずが、やはり文化の違い、言葉の壁をどう対処したらいいか、そんなことばかり考えながら、彼らの来日までの一週間を不安な気持ちで過ごした。そしてとうとうその日が来た。飛行機で約10時間、時差17時間。カルフォルニアからやってきたアメリカンガイズは、目を輝かせて、ゆっくりと丁寧な英語で私達に話しかけてくれた。

 

音楽祭での彼らの演奏は、本当に素晴らしいものだった。何千人もの観客の前で、少年達は堂々として、それまでの仲間とふざけあう姿からは考えられないほど、大人びて見えた。それはまさに彼らの言うところの“COOL!”であった。後日感想を聞いたところ、楽しんで演奏することができた、緊張はあまりしなかった、と。ただ、まるで「ロックスター」のように自分たちを扱う観客の様子に、少々戸惑っていたようだ。

 

彼らが一番驚いたことは、アメリカと日本の食文化の相違だったようだ。何より自動販売機の多さと、そこに並ぶ様々なお茶たち。ジュースや果物はアメリカのものより断然おいしいといってたくさん食べた。焼きそばもあっという間になくなった。お茶はまったく口にしなかった。

 

七日間という短い時間ではあったが、彼らは船橋でたくさんの人と出会い、小さな日本家屋で文化を学び、抱えきれないほどの素敵な思い出を持って帰ったことだろう。そして、またあの大きな瞳を輝かせて家族や友達に思い出話を聞かせているのが目に浮かぶ。

 

記号

飯山満町 塚原章魏・美都恵さん

「ホームステイ受け入れお願いします」といわれて、即「いいですよ」と答えました。

 

西安からプロの演奏家3人、楊琴の趙さん、二胡の陳さん、笛の薛さんです。彼らは、とても上品で、芸術家らしく繊細な感情を持ち合わせた方々でした。

 

冬の西安は−8℃と寒いのですが、こちらは暖かいので、わりと薄着で過ごしていました。会話の中心は筆談ですが、時々英語を交えて会話もはずみました。また、コンピューターを使用して、日本語を中国語に、中国語を日本語に変換しながら、機械を通しての会話も楽しいものでした。お互いを理解しようとしているので、気持ちは十分に伝わったと思います。

 

2月2日の最後の日、フリータイムだったので、朝9時頃家の近くに富士山が土台から見える場所に行き、そこで、ナイスショット。そして、都内の日本棋院へ立ち寄ったあと、秋葉原でお気に入りのものを購入して、3人ともご満悦。わずか5日間でしたが、私たちをパパ、ママと親しみを込めて呼んでくれました。また、常に、私たちを気遣ってくれる気持ちは大変ありがたいことだと思いました。毎日をとても和やかに、楽しく過ごすことが出来ました。


西安市民楽演奏団の
薛さん、趙さん、陳さん

 

彼ら曰く「これも何かの縁です。良い縁に恵まれました」と。私たちも「赤い糸ですね」と筆談しながら別れを惜しみました。彼らとのつながりはこれからも続くことでしょう。友好の輪が少し広がったように感じました。

ありがとう。再見。