ここ数年、 市内の小中学校では外国出身の生徒たちが多くなってきました。 ペルー出身の高瀬健治君 (日系3世) とフィリピン出身の田久保カルロ君 (日系2世) は、 2年前から市立飾中学校に通っています。

2人とも、 同校に転入した頃は日本語が全くわかりませんでした。 彼らの日本語通訳や異国での適応に対する不安のケアを、 市国際親善ボランティアである谷屋隆彰さんが、 教育委員会から依頼されました。 谷屋さんは仕事で世界各地を歩き、 特に南米に長く滞在し、 スペイン語と英語が堪能な上、 海外生活の経験豊か。 毎週金曜日の午後、 同校を訪れ、 2少年の特別指導を続けてきました。

日常の学校生活では、 友人や先生方が何かと彼らを励まし助けました。 夜間の公民館での日本語教室では、 ボランティアの先生からも日本語を教わりました。 日本語が上達すると、 友人も増え、 学校生活が楽しくなってきました。

しかし、 高瀬君は卒業後の就職先を見つけるのに苦労しました。 日頃から国際交流活動をしている人が高瀬君の窮状を偶然に知り、 自分の会社で雇ってもいいということになりました。

高瀬君は学校を卒業し、 4月から社会人として新しい道を歩き始めます。

一方、 3学年に進級する田久保君は、 高校をめざして勉学を続けています。

広報委員 野上


左から田久保君、 谷屋さん、 高瀬君 (飾中の教室で)

飾中学校3年 高瀬 健治
 

僕は、 2年前ペルーから来ました。 日本に来たことが、 僕にとって良かったかどうかと時々考えることがありましたが、 今は良かったと思っています。 最初はいろいろな習慣が違って困ったことがたくさんありましたが、 時間がたつにつれて、 段々といろいろなことに慣れてきました。

 

最初のころはぜんぜん、 日本語がわからなかったので、 学校へ行くことがいやでしたが、 学校へ行く最初の日、 おどろいたことに親切な生徒たちが学校の入口で僕を待ってくれていたので、 とてもうれしく思いました。 今は日本語が大体わかるようになったので、 友達もできたし、 一人でどこへでも行けるようになりました。

 

今、 僕が感じていることは、 背が高い、 低いとか、 顔の色がちがうということで、 いろいろと区別しないことが大切ではないかと思います。 だれもが人間だし、 同じチャンスを持っているからです。

飾中学校2年 田久保 カルロ

 

僕はフィリピンから来た田久保カルロといいます。 1年半くらい前に日本に来ました。 日本に来た時、 全然日本語が話せませんでした。 日本語をわからないまま、 学校に行ったのでとても大変でした。

 

しかし、 いろんな先生や生徒たちができるだけ僕をたすけてくれました。 漢字にふりがなを付けたり、 辞書を引きながら意味のわからない言葉を教えてくれました。 日本語が段々できるようになり、 沢山の友だちもできました。 言葉がまだわからなかったころを思い出すと、 そのころがとても悲しかったなと思います。 でも今は友だちや仲間ができて、 本当にうれしいです。

 

今、 僕は学校の剣道部に入っています。 毎日、 朝と午後の厳しい練習がありますがとても楽しいです。 今は学校と公民館の日本語教室に行って日本語の勉強をしています。 これからもいい思い出を皆といっしょに作っていきたいと思っています。

船橋市内には、小学校が55校、中学校が27校あり、外国人児童生徒も多く通っています。子どものころの外国語習得は速いそうですが、まだ日本語が上手にできない児童生徒が現在も70人近くいるそうです。

 

そのため、約20人のボランティアがそれぞれの学校に伺い、先生と子供の間に入り、通訳や日本語指導などの活動をしています。一日も早く日本語が上手になるといいですね。