飯山満町 高橋 レンダ スサント

 文化交流グループで活動しているレンダさんに日本での生活や将来の夢などについて語っていただきました。

私、日本のお料理は何でも好きです。初め食べられなかった納豆なども、長く日本で暮すのだから、努力して好きになりました。むしろ夫のほうが日本食で好き嫌いが多いです。14年前に宗生さんと結婚して来日、13歳の娘と8歳の息子がいます。子供たちの名前は夫がつけました。亜由美はアジアから生まれた果実、融一は日本とインドネシアの融和を表しています。

結婚する前にジャカルタで英語教師をしていた私は、いつまでもその仕事を続けたいと思いました。船橋に引っ越す前に、うちの子供たちの幼稚園、それと学校のお母さんどうしの友達の輪が広がったので、ホームティーチャーをしました。知り合ったお友達数人からもインドネシア語を習いたいといわれたことがあり、教えることが好きだから楽しい教室ができました。頼まれたら、インドネシア料理も、なべ・かま持参で教えに行きます。船橋の公民館などでインドネシアの国を紹介する機会がありましたら、ぜひ参加したいと思っています。

日本に来て一番つらかったのは、冬の寒さと乾燥。これには何年も悩まされました。私の生まれたバンカ島は、海がとてもきれいで、海の幸が豊富なところです。中国系の人も多く、島の料理は中国料理にも似ています。

インドネシアの領域は、太平洋戦争前、オランダに350年間支配されていた時のもので、200〜300もの地方語があるというほど多様な文化があり、多様な民族が1つの国の国民として暮らしています。公用語は、マレー語を母体としてつくりだされたインドネシア語ただ1つ。「1つの郷土を持ち、1つの共通の言語インドネシア語を持つ」 ということを国民は誇りに思っています。これが多様性の中の統一を支えている源です。

私の夢は、将来、主人が定年を迎えインドネシアへ戻った時に、母国で日本語やちぎり絵、生け花などをいつでも教えられるようがんばりたいと思います。