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吉岡 赳志

船橋にやってきた二人の留学生の国、ベトナムを訪ねて

3年前と4年前に、船橋で出会った、ベトナムからの留学生を訪ねて夏の終わりに、ハノイとホーチミンに行ってきました。

3年前の中央公民館の秋の文化祭(日本語教室)に彼女がやっ て来た時が、出会いの始まりです。

私は中央公民館で日本語のボランティアをはじめて、今年で6年目になります。

3年振りの帰国 、田舎の伯父さんを訪ねた彼女
子供は伯父さんの孫です、 笑

3年前の'04文化祭にやってきた彼女

彼女は9月に来日し公民館の近くにある日本語学校で勉強を始めていました。
今年4月に、法政大学大学院に入学し、経済学を専攻しています。

ららぽーとにあるレストランやほかほか弁当でアルバイトをしながら、3年間日本でがんばってきました。

夏休みに3年ぶりに帰国することを聞き、私は気軽に彼女にベトナムに行ってみたいというと、快くOKし、ガイドしてくれると言ってくれました。

結局、彼女の帰省中の8月の終わりに5日間、ハノイの中心地から車で1時間位の彼女の自宅に泊めてもらいました。

ハノイでは、公民館で日本語を3年前に教えていて、今、ハノイで教えておられる本告先生 御夫妻を訪問させていただき、楽しい時間を過ごすことができました。


奥様 イエン 本告先生

彼女の自宅からさらに1時間ぐらいの農村にあるお父さんの実家をたずねました。牛、あひる、しゃも、犬、豚がいて、庭には 果物」がたくさん実っていました。野菜も。生きてゆくための食物すべてが自給できるようでした。

自然とともに、生きてゆく楽園のように思えました。そこで、昼食をごちそうになりました。 おじさんから2つの戦争についてのお話しをうかがうこともできました。

扉に蓮の花の彫刻があったので写真をとらせていただきました。彼女のおじさんが蓮の花はベトナムでは大切な花ですと教えてくれました。

公民館の文化祭で彼女と出会ってから3年が経ち ます。今ベトナムの田舎にいることに 、出会いの不思議さを想い、表現してみました。

白蝶の 蓮花に入りぬ 友の国

 

最後の晩は、彼女のおばさんの家に泊めていただき、食事をごちそうになりました。伯父さんの手作りの料理、いとこが釣ってきてくれた魚等盛りだくさんの料理でした。絶妙な味は言葉では 表現できません。どうしてあの味がだせるのか信じられません。


おばさんの御家族

 

ホーチミンからの留学生

4年前、船橋にやってきたもう一人のべトマムからの留学生は、その時は3か月だけの滞在で帰国しました。


4年前帰国の前にお礼にと彼女が作ってくれた料理

彼女は、2年半前に、再来日し、川崎にある日本語学校で学んだあと、新潟にある英語で講義がおこなわれる大学院大学に入学し、今2年生です。

夏に1か月六本木ヒルズにあるアメリカの大手投資会社でインターンをしました。アルバイトをしながらの勉強に疲れ果て、もう帰国すると口にすることもありましたがインターンを通して、将来の就職に光が見え始めています。

16歳の時、 お父さんが亡くなり、お母さんに助けられ、必死で生きてきた。今こうして日本にいる自分が信じられない、と彼女は話してくれました。

彼女の名前はマイと言います。中国系ベトナム人で漢字では梅です。日本での2年半、やっと未来が開けつつある彼女の希望に満ちている姿を表現しました。

梅雨明けて 部屋に舞い来る 蝶一羽

2年半振りにホーチミンに帰るというので、行きたいと言うと、快く是非来てくださいと言ってくれました。9月の終わりに5日間、泊めてもらいました。

彼女のお母さんはホーチミンの中心地の市場の近くのリロイ道りでおみやげやをしています。お母さんにその近くを案内してもらいました。

リロイ通りのお母さんのショップ

サータイ市場入口

フランス文化との融合で形づくられたのでしょうか?独特な雰囲気が感じ取れました。


マイと友達ディエンのお母さん、おばさん

彼女の帰国できない友達の家に行き、お母さんに食事をごちそうになりました。写真を撮り、帰国後写真をその友達に届けました。