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自動車のタイアを製造するのにはゴム混練機、成型機、プレス等の機械が必要である。神戸製鋼でも此れ等も得意機種であり日本内外で数多く販売して来ている。

米国でも私の前任者の時代にオハイオ州アクロン市に集積しているグッドイアーを始め、ファイアストーン、グッドリッジ、ジェネラル等々のタイアメーカーに販売実績が出来始めていた。

私も駐在時代に業界世界一のグッドイアーにもよく出向いた。クリーブランド空港からレンタカーでグッドイアー本社ビルに着くと、いつも受付ホールで待たされることなく購買部長室に通され部長のW氏と直ぐに商談に入れた。

W氏は既に髪が薄くなって来ているが目がクリクリとして歯切れ良く話す好人物。昼時分になると決まっていつも幹部食堂に通されご馳走になった。食堂では居合わせた他の幹部にも紹介された。

偶に午後訪問した時などは夕刻になると仕事を片付けて自宅に連れて行ってくれた。そして品の良い夫人も交えてカクテルで歓談してから街のレストンランへ招待された。

或る時フト気が付くと、私は未だ課長にもなっていない若輩の身だ。それがお客さんに何でこんなに大事にされるのかと不思議に思った。

何故とW氏に改めて訊ねてみると、相手は質問自体の意味がよく判らないと怪訝(けげん)そうに大きな目をキョトンとさせた。

そして答えて曰く『我々購買にとっては良い供給者が大切ですよ。またクレーム等のいざの場合供給者の神戸製鋼は太平洋の彼方で遠いが、その場合駐在員によく頑張って貰うことが本当に大切。その駐在員を大事にするのは当たり前ですよね。』と。成る程なあと感心した。

然し此のころ当社の品質の高さと納期遵守については既に高い評価を得ており、駐在員としても鼻が高かった。 

或る年のクリスマス休暇にW氏夫妻が車でニューヨークの拙宅に遊びに来てくれた。聞けばオハイオからか9時間の道のり。翌日はブロードウェイのミュージカルを観に行くとのこと。

其の晩は料理好きの家内が殊更に腕に縒りを掛けて和風料理を作り且つ清酒の一升瓶を開けて歓待した。話が弾んだ。お土産には、家内が趣味で作っていたビーズ製の花をプレゼントした。とても喜んでくれた。

其の後もビジネスでは彼とはサッパリとして爽やかな付き合いが続き、気持が好かった。

この第7稿でアメリカともお別れするが、思い出深い場面を紹介しておきたい

秋の姿も美しいハドソン川。

住まいのベランダから展望出来たハドソン川

四季折々のの容姿は格別に想いが深い。

初冬のハドソン川

川岸の樹木が落葉すると民家が顔を出す。

夕暮時民家に灯が燈り始めるとメルヘンの世界。

我々親子が毎夏慣れ親しんだアパートのプール。

ハドソン川と並んで想い出深い。

一寸お行儀の悪い格好のアメリカ生まれの次男。

此のプールからもハドソン川を見下ろせる。

さて、アメリカでも所謂浪速節が有る。例えばグッドイアー関係でも私の帰国後ながら以下のような体験が有った。

即ち、1975年春に6年弱の任務を終え、当初3人の家族はアメリカ生まれの次男共4人となって帰国することになった。大勢のアメリカ人と互いに名残を惜しんだ。

帰国後、神戸本社の機械事業部の企画担当課長になった。が、夏になって間も無く、東京本社の営業のI常務から神戸に電話が掛かって来た。アメリカのグッドイアー社にすぐに出張して欲しいとのこと。

理由は、『営業にグッドイアーから珍しくタイアプレス類の大型商談が入って来た、然も何と珍しく同時に2件も。せめて一件は是非とも受注したい。ついてはグッドイアーに顔の有る君に直ぐにでも飛んで行って貰いたい。』というものであった。

一日考えさせて貰ったが、丁重にお断りした。何故なら私は既に組織的にも営業を離れているし、調べて見ると勿論営業の連中も一生懸命に良く頑張っているようなので、私の出る幕ではなかった。

でも抵抗空しく結局はアメリカへと追い出される破目になった。アクロン到着後まず馴染みのホリデイ・インにチェックインしてからグッドイアーに向った。担当はY氏に変わっていたが、私は彼とも既に駐在時代に(よしみ)になっていた。

彼は若いが力まず、然しポイントは外さず、無駄なことは言わず、淡々と仕事をするタイプで好感が持てた。

先ずY氏に久闊を叙し、出張目的や押し出されて遣って来た状況を正直に話した。客先状況は既に入手済みの各社見積のチェックと比較検討の最終段階のようであった。

2件の大型商談ということでアメリカ内外の競争勢がアクロンに乗り入れて来ている様子であった。当社の方に対しては此の時点では特に質問や要求は無い様であった。私は、この緊迫してデリケートな大詰めの段階で、忙しいY氏に纏わり付いているのは迷惑になるだけで得策ではないと判断した。

依って彼に対し、『私は邪魔になってもいけないのでホテルに引き揚げていますよ。そして私からコンタクトするのは控えてホテル内で待機しています。外出はしません。但しホテルのプールで時間潰しに泳いでいるから、ご心配は無用です。』と、言って了解を受け引き下がった。

此のホリデイ・インは大体ビジネスの客が多く、皆忙しく跳び回っているウィークデーに真昼間からのんびりとプールで泳いでいるような一見不謹慎な客は他に居なかった。

これで果たして好かったのかなあと矢張り不安でもあった。然しY氏は案の定、ホテルで控えている私を気に掛けてくれていて、律儀にも毎日一回は『状況変化無し』の電話をくれた。

すると4日後位であったか、彼から急ぎの電話が入った。直ぐ会社に来てくれとのこと。直ちに出向いてみると、僅かの値引きと納期短縮の要求を受けた。

いずれも内地出発直前に貰っていた権限の範囲内に充分収まるものであったので、咄嗟の考えで2件の商談の一括受注を条件として、スッキリとイエスの回答を出した。其の日のグッドイアー社内会議で当社に一括発注が決定した。ホッとした。

然し若し、逸注していたら、そして私が毎日プールで泳いでいたと会社に知れたら如何に弁明しようとも首になっていたかも知れない。浪花節に賭けていたのだ。私はアメリカにも浪花節が有り、今でも有ると信じている。