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アメリカの先住民はアメリカン・インディアンだが、アメリカ民族という民族は人類学上存在しない。でもアメリカ人を見ていると彼らが何か多様性に富んだアイデンティティを持っている一つの民族であるように感じてしまう。。

1620年にメイフラワー号で英国清教徒が新大陸に上陸して植民を始めて以来、やがてアメリカは独立戦争と、そして南北戦争を経て次第に大国に成長行く。そして斯かる歴史を通じてアフリカから連れて来られた黒人に加え、英、欧州大陸、アジア、南米、カリブ海より実に様々な移民がアメリカン・ドリームを求めてやって来た。

「人種の坩堝(るつぼ)」と言われるが、アメリカは人種だけでなく、様々な民族、言語、宗教、文化、伝統等が此の新大陸に入って来た。夫々の要素に長い歴史が有る。今から230年前の建国でいきなりゼロからの国が始まった訳ではない。

でも住んでみると矢張り人種は多様だなあ、と実感した。例えば、私達家族が住んでいたアパート(日本流で言えば賃貸マンション)のドアマンは中年の気の好いイタリア系であった。或る深夜帰宅してみると、私が偶々午前様を続けていたので家内は遂にキレてしまい、私は閉め出されて中に入れぬ破目になった。困っていると彼が助けに来てくれた。

此のドアマンは『日本人の男はだらしないネー。ワイフに締め出されちゃうなんて。わしが開けてやるよ。』とか何とか言ってドアの外から大声で家内に声を掛けてくれた。効を奏して結局落着した。また我が家の小学生の長男に付けた英会話の家庭教師はプエルトリコ人であったアパート管理人の高校生の娘さん、其の後の家庭教師は同じアパート内のユダヤ人の奥さんであった。


アパートの傍をゆったりと流れるハドソン川の上流に在る
陸軍仕官学校にて。
ハドソン川の水源地の山地は
19世紀の小説家ワシントン・アーヴィングの
短編「リップ・ヴァン・ウィンクル」に出て来る。

ニューヨーク市より北のニューイングランド地方の
典型的な民家

また、ハドソン川対岸のニュージャージー州にも二家族ばかり知り合いが居たので、時折、我々家族は車でジョージ・ワシントン橋を渡って遊びに出かけたものだ。

片方の家族は夫は英国の血も引いていたギリシャ系、奥さんは金髪のスウェーデン系であった。夫婦の男の子達は家事の労働を手伝った時にだけ親から小遣いを貰える、逆に言うと無労働・無報酬という躾を受けていた。だから子供達は広い裏庭でよく薪割りや芝刈りなどをやっていた。

其の家から遠くない所にもう一軒の知り合いが住んでいた。主人は俳優のダーグボガードに似たオランダ人、奥さんは威勢のいい関西出身の日本人、子供の娘さんは勿論ハーフ。兎も角、人種は色とりどり。

ニュージャージー州と云えば、或る夏の日に珍しい体験をした。或るコミュニティのきれいで大きな円形状の池に一家で遊びに行った時の事である。水がきれいで夏は海水浴場のようになる。

我々が或る日、皆と同じように岸辺で日光浴を楽しんでいたら、突然どこかで女性の悲鳴が聞こえた。すると、たちまち日光浴をしていた男性連中が立ち上がって水の中に駆け込みながら互いに手を繋ぎ始めた。其の「人の輪」は次第に狭められて行った。背の立たない真ん中の深みまで来た時には、いつの間にか其処には既に元気な若い2〜3人のライフガード達していて潜り始めていた。

その直後に判った事だが、要するに此れは溺れているかも知れぬ子供の救出劇であった。即ち岸辺の公園で子供を遊ばせていた或る若い母親が一瞬子供の姿を見失ったらしい。そして其の母親は子供がてっきり溺れたに違いないと思い込み、パニックに襲われたらしい。その悲鳴を聞いて日光浴の連中が即対応したらしい。

そして子供が既に水中で横たわっているかも知れぬ万一の場合も想定し、人の輪が摺り足で輪を縮めて行ったのだ。誰が号令をかけた訳でもないのに、皆よく訓練されているものだと感心した。一体何事が起きたのか判らなかったために、無為の私は恥ずかしった。今度こそはと思ったが、幸か不幸か左様なチャンスが滞米中二度と来ることは無かった。


長男が通っていた小学校のクラス。
毎朝教室内の朝礼で星条旗に敬礼していた。

米国生活スタート当初は、人種の坩堝のアメリカは、国民をつなぐ唯一の(きずな)は英語だと思っていた。

だから、ニューヨークでは自動車免許の筆記試験までも中国語やスペイン語の外国語でも受けられるようになったと知った時には、アメリカは分解し始めかねないと心配した。然しそれは私の杞憂に過ぎなかった。

一体アメリカ人を結びつけているものは何だろうか?「徹底した自由の尊重と、其れを裏切った場合の厳しい法治」だと思う。が、それだけではなかろう。

恐らく、とてつもなく広大なアメリカの土地と自然も人々の精神構造に等しく影響を与えているであろう。

 
因みにニューヨークからロスアンジェルスまでは約4,000キロ。これは東京から中国の敦煌まで、或いはベトナムのホーチミン市までと同じなのである。でもこれだけでなかろう。あれこれと考えが尽きることが無かった。

今でも東京の街角で外人の旅行客を見掛けた場合に、肌の色に関係無く「あヽあの人達はきっとアメリカ人に違いない。」、と察し得る何か共通した文化の匂いと雰囲気を感じる。そういった意味では、もうアメリカ人は謂わば「アメリカ民族」と呼称しても好いくらいなアイデンティティーを持つに至っているのでは、と愚考する。