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西口晶代

 

一言で・・・・本当に好く笑った旅であった。お腹の皮がよじれると言うがこう言う事だったのだと納得がいった旅であった。

私は笑わせる事は余り上手なほうではないが、年甲斐も無く“良く笑う人”と自分でも思うことがある。兎に角今回の旅はよく笑わせる人がいて、そして、よく笑う自分がいたと言う事である。

傷心旅行では無い限り「旅と言うものは楽しまなくては」が私の旅への思いであり、何時の旅も楽しく終わるのであるが、この旅も楽しかった! しかし自分と同じ性格の人ばかりでは無いから、もしかしたらそのような私を眺めていた人たちから顰蹙を買っていたのかもしれないと思うとぞっとしないでもないが、「まー、 いいや・・・」で終止符を打とうと勝手に決めるのも私自身の性格でもある。 

とは言え自分なりに他の人に気を配ったつもりも事実である。団体旅行では皆が皆、輪の中にすんなり入る事ができるとは限らない。入りたくても入れない人もいる。今回はそのような人たちへの気配りをしようと心に決めて行った事もあり、多くの人と会話を試み、40余名の参加者のほとんどの顔と名前を記憶している。だから後日、写真交換会用の写真を整理する作業には大助かりであった。


マドロスaki(左)
 

デンマークを訪れたのは2回目であり、1999年の時と比べ、心身共にとても余裕があった。

前回は集まる市民の皆さんに日本の文化としての書道の体験をしていただくコーナーを受け持った所以もあり、体験者に喜んでいただけるようにと準備やら実践やらに少々頭と体を使ったように記憶している。

ゆえに異なる企画の今回の旅は、以前と同じ景色に出会いながら懐かしさを噛み締めてゆったりと過ごす事が出来たのである。

今回の企画のホームビジットでの交流も、帆船でのユトランド半島観光をした折の舵取りを体験させていただいた事も思い出深く、また迫力ある船橋吹奏楽団の演奏会を鑑賞した折りの余韻もまださめやらないでいる。

更にうれしい事も重なった。未だ果たしていなかった私の思いが図らずも実現したのだった。

デンマークを訪れたら、一度はかの有名なチボリ公園に是非行って見たいと心ひそかに思っていたが今回のスケジュールには入っていなかった為、諦めていたところ、5日目の夜、チボリ公園へ皆でくり出す事になったのである。 

夜という事で、頭に描いていた“花のチボリ公園”との出会いではなかったが、ここで忘れえぬ体験をする事が出来た。同時に入場した一行は、自然に三々五々に別れ、いつの間にか興味津々、チャレンジ精神旺盛の数人が、目いっぱい、時間いっぱい楽しもうと行動する一つの集団になっていた。

2005年8月23日夜・・・生まれて初めて、そして、きっとこれが最初で最後の経験となるであろうジェットコースターと、フリーフォールを体験!! 


チボリ公園で 左端筆書

体験したスリルと実感は筆舌には尽くしがたいものがある。何時の日か、身振り手振りを交えて話すほうが面白さも増すと言う代物であった。スリルを味わった時の証拠写真を購入してこなかったことは、返す返すも残念であったが、一緒に体験した物同志の表情と、瞬間に発した声などは、きっと仲間内では永遠の語り草になるであろう。絶叫と笑い、興奮と笑いの一時であった。

私には未知であった体験をした後、あたかも私たちにお疲れ様!楽しかったね!又会いましょうね!とでも言っているが如く、閉園間近の花火と共に、光と水と音楽がかもし出すファンタジーショウをプレゼントされ、若き時代であるならばカップルで味わいたいと思ったほどのほんのりとした気分でホテルへの帰路に着いたのだった。

土地の人との交わり、変らぬ可愛い町並みのオーデンセや美しい都会のコペンハーゲンとの再会、初めての経験、旅でなければ不可能な、昼も夜もワインやビールで乾杯!の日々、そして笑い転げるほどに弾んだ会話など等、実に楽しく、遊び心を満喫できた旅であった。

「ローマの休日」のラストシーンではないけれど、「どこが一番印象的でしたか?と訪ねられたとしたら、きっと私は答えるであろう。

「それぞれに、素晴らしい所でした。そしてそれぞれの所で楽しい経験が出来ました。・・・・・

・・(間をおいてしかも力を込めて)・・・チボリ!、チボリ!でのジェットコースターとフリーフォールの体験でした!!」と。

そんな私の旅の報告を聞きながら側で穏やな表情ではあるが苦笑いをしている夫がいる。高所恐怖症の夫はジェットコースターなど大嫌いなのである。ましてやフリーフォールなど・・・・。この表情からして夫の考えている事は押して知るべしと言う所である。

善し悪しを別として、年令をも省みず遊びに終始したような数日をこんなに喜んでいるという幼稚な自分を実感している。