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塩田悦三郎

  1. イースター島


「アフ・トンガリキ」
モアイ戦争とチリ地震とで破壊されたが、日本の援助により復元された
島民は今でも日本に感謝している
15体のモアイと100mの台座は最大規模 

イースター島」は、スペイン語で「イスラ・デ・パスクア」、現地語で「ラパ・ヌイ」と言う。サンチャゴの約4,000km西、飛行機で5時間余のところにある。人口3,800人の小さな島。島名の由来は、ヨーロッパ人が最初に上陸した日がキリスト教のイースターの日だったから。最近、この島を訪れたので紹介します。

「イースター島」は、チリの一部。こうなるまでにはいろいろな経緯があった。近代になって独立するのが困難な島を、チリが領有宣言したからチリ領土になったと単純に考えた方がよさそうだ。話は飛ぶが、チリは南極大陸の一部をも自国の領土と主張している(本レポート1参照)。国際法上は、宇宙と南極には領土権を主張できないはずなのだが。領土問題は、いつでもどこでも複雑難解だ。

イースター島」は、モアイの島で有名。全島に約900体あると言われている。製造途中で放置されたのや、倒されたり、風化しつつあるのをいれるといくつになるのだろうか。このモアイは、大きさ・顔かたち・表情・立っているかいないかなど同じものはない。全て男性といいたいのだが、一体だけ「女モアイ」がある。首がないモアイで胸のふくらみがあるから女性とわれているが、男でも胸がふくらんでいる人がいるから確かではない。


「アフ・ハンガ・テー」
モアイ戦争でモアイは必ず顔面を下にして倒される
眼には霊力が宿っていると信じていたから


「ハンガ・ロア教会」
ミサを終えて一休み
中央の女性は、着飾ってきた土産品店の売り子
左にはベールで顔を覆った2人の女性の後ろ姿が見える

「イースター島」は、モアイがあまりに有名だが、訪ねて見るべきところは沢山ある。一つは、日曜日朝の「ミサ」である。村中の人々が着飾って集まる。島独特のゴスペルソングが感動的。信者でなくても聴く人に感動を与える。内容はさっぱりわからないが司祭のお話を神妙に聴く。2列ほど前にいる女性がハンカチを出して目に当てている。どうやら日本人のようだ。確かに、教会全体は厳粛な雰囲気だ。でも、それだけで涙しているのではないだろう。彼女は司祭の言葉がわかっているに違いない。

「イースター島」は、謎の多い島。冒頭に述べた「なぜチリなのだ」もその一つ。モアイはそれぞれの一族の長の館に向かって立っている。彼らは、時々戦って相手のモアイを倒す。そんな間柄なのにモアイの造られた場所は、島の東部のラノ・ララク1箇所だけ。造ったモアイを自分達の部落へ運ぶ時、妨害はなかったのだろうか。沢山あるモアイの群の中には、海を向いている群が1箇所だけある。これも謎の一つ。

ロンゴ・ロンゴという文字板がある。象形文字のようだが、未だに解読されていない。1860年代、ペルーによる奴隷狩りがあり、その際文字を読める長老達までが連れ去られたためという。そのコピーが、ホテルや土産店の飾りになっている。この文字板の変わっているのは、最初の行を右から読んだら、次の行は左から読むのだそうだ。

「イースター島」の原住民の数が、奴隷狩りや疫病でたったの50人になった時があるという。そういえば、6日間の滞在で「これが原住民の顔だ」という人には会っていない。変わらないのは、やはりモアイの顔だけか。

「イースター島」は小さな島だが、いろいろと興味は尽きない。予備知識があれば楽しみは倍増する。一つ一つのモアイと対座し、いにしえに想いを馳せれば時間はいくらあっても足りない。「イースター島」が「ハワイ」、「ニュージーランド」を結ぶ「ポリネシアン・トライアングル」の一角で、人々はトライアングル内の島々をカヌーで行き来していたということを知ったらますます興味が湧いて来た。

  1. 忘れ物はプレゼント


アルマス広場
周囲には、大聖堂・市庁舎・国立博物館がある
 おのぼりさん目当てのスリ、ひったくりがあるといわれている
 それをまったく感じさせない雰囲気だ

サンチャゴはチリの首都。チリは南米では最も治安がいいと言われている。南米で安全といっても日本の安全とは比較にならない。以下、チリの治安状況について述べる。

私のチリでの仕事は、日本語教師。先日授業でビデオを使った。電車で忘れ物をした女性が、降りた駅の駅員室に行って電車にバッグを忘れた旨を届ける。駅員が別の駅に専用電話で問い合わせるとチャンと届けられているという内容。「てしまいました(完了)」の学習が目的。授業は思わぬ方向に展開する。

生徒は、「忘れ物が戻ってくることはあり得ない」という。チリでどこかに忘れ物をしたら、すぐ誰かのものになってしまうとのこと。「忘れ物はプレゼント」なのだ。私が日本で電車に傘を忘れたことがあり、5つ先の駅に届けられていたことを話しても誰も信じてくれない。しばしチリと日本の「安全」について話し合うことになってしまいました。

チリの人は乗り物に乗る時に荷物がどんなに大きくても、多くても手許に置く。大きな荷物は乗降口のそばに置いて座席に座り、降りる時にそれを持っていけばいいものを。

家々の先の尖った鉄格子・厳重なロックはせっかくの美観を損なう。「植え込み越しの隣の奥さんとのおしゃべり」はあり得ない。他人はすべて疑うことが基本である。

チリの治安状況は、1997年以降年々悪化している。2003年の全国犯罪告発件数は36万件でその4割がサンチャゴ市およびその周辺で発生している。ほとんどがひったくり、空き巣、すり、置き引きで傷害・殺人等の悪質な犯罪は少ない。

ただし、麻薬犯罪は明らかに増加している。テレビのニュースでは連日の如く麻薬取引者の逮捕を報じている。麻薬取引はそれだけで終わらず銃器使用に発展する。

被害者にならないための安全対 策は、危険区域に行かない、夜間外出はしない、一人歩きはしない、貴重品は持たない、カバンは抱きかかえる、抵抗はしない等の基本的なことを守ればいい。


スエシア通り
 瀟洒なレストランが並んでいる
裏通りは、深夜になると麻薬取引の場と化すといわれている


塀に囲まれた住宅
 プロビデンシア地区
このような厳重な塀に囲まれた家は多い
防犯のためとはいえ、美観を損なっている

でもそれでは生活できない。現に私の職場は、危険区域にあり授業が終わるのは夜の9時。駅まで歩いて10分。

2ヶ月前その駅付近でしかも夕方7時に強盗事件が発生した。犯人は4人組。被害者は抵抗し、携帯電話を奪われた。それだけならいい。眉間に一生残る怪我をしたという。

日本大使館は、日本人の安全対策についてことこまかな情報を提供してくれる。前記の犯罪状況・対策・犯罪事例等の情報は、日本大使館の頼田領事からいただいたメールを基にしたもの。チリに住んで初めて大使館の存在が身近なものになり、その点大いに感謝している。

ただ、貴重品は持たない、一人歩きはしない、夜間外出はしない、抵抗はしないとなると旅行者ならいざしらずこちらで生活しているものにとってはいささか無理ではないだろうか。

このようなお話をすると、これからチリに行こうかなと思っている方は逡巡されるかもしれません。どうぞご心配なく。ぜひお出で下さい。チリはやっぱり南米一安全な国なのですから。

チリに渡り、日本語を教えているWebマスタの友人、塩田悦三郎さんが、知人のメールマガジンに投稿しているサンチャゴレポートという記事を、そのメールマガジン「609studio( http://www.609studio.com/home.html )」とご本人の了解を戴き転載させて頂いているものです。