三田大介


日本語クラブの餅作り会で
(左から3人目が筆者、その右3人の男性の左端が加藤悠太君、右から二人目が安川有さん)

ヘイワードで生活しはじめて半年が過ぎました。生活の違いや英語の壁を考えるとやっと慣れてきたくらい最初の戸惑いは大きかったです。

当初、市の人からもヘイワードは田舎で何もないと聞かされていましたが、私が予想したど田舎の町とは違って、アメリカの一般的な近郊の町といった印象です。それでもとても過ごしやすい気候やサンフランシスコまで40分ほどといった便利さはとても有難いです。ここを訪れた家族や友人はみなこの町を気に入ってくれます。名前も響きがいいですし。

授業は、日本の大学と違ってほとんどのクラスが10人〜20人といった少人数で行われ、学生もどんどん意見を言う環境が当たり前なので、私はまだ居心地の悪さを味わっているのが本音です。積極的に参加することが今の目標です。授業の種類も豊富で、カメラの授業や体育ではヒップホップの授業など日本の大学ではあまりお目にかからないものがたくさんあります。

寮生活もなかなか一筋縄ではいきません。ルームメイトとの関係も時には難しくストレスがたまることがありますが、アメリカ人と一緒に生活することは、文化を体感する一番の方法でもあります。食事も洗濯も自分でやるのは初めての私はとても大切な経験をしています。

こちらの生活は周りの人たちのお陰でとても順調にきています。他の船橋からの留学生の悠太さんや有ちゃん、このふたりと来ることができたのは私にとって幸せなことですし、私たちの面倒を見てくれているレイさん、せつさん、ウェスをはじめとする委員会の皆さんにいろいろ怒られたりしながら、楽しくやっています。

残り数ヶ月ですが悔いのないようにアメリカの生活を送りたいと思います。

注:

社会・文化/1996
70
年代後半にニューヨークのサウスブロンクスで生まれたといわれる、アフリカン・アメリカンの若者によるストリート・カルチャー・ムーブメント。具体的な例としては、ファッションではキャップやスニーカー、地下鉄の車体や壁にスプレー塗料で落書きするスプレー・アート、ターンテーブル上でレコード盤をひっかくように操るDJの妙技、歌詞をリズムにのせて早口でしゃべるように歌うラップなどがある。90年代に入って日本の若者のあいだでもブレイク、さまざまなシーンに影響をおよぼした。

                      (BookShelf Ver.2.0 より、Webマスター注記)