山田紀美

小室公園は新緑につつまれています。樹木の枝々は色鮮やかに若葉を拡げ、小室小学校の杉の並木はまるで競うように天に向かって延びています。花びらの絨毯でピンクに敷き詰められていた公園の並木道は、今は若葉から差し込む木洩れ日で新緑が一層美しく映えています。吹く風も心地よく、公園から見下ろす眺めは春の海の様に穏やか。水を張り始めた水田に白鷺が1羽。 

    
小室の春の写真に貼付してお届けする曲は宮城道雄作曲の箏曲の名曲「春の海」です
 

帽子手に走る子遠く春の海   山田彗星

(中文試訳) 持帽戯風里 玩童疾歩行漸遠 春日的海趣 

散歩の途中で詠んだ私の家族の俳句です。

日本には俳句という17音の定型詩があり、人生や自然を短い言葉の中に表現します。多くの愛好者がおり、最近では海外でも俳句の人気は高く、それぞれの言語で詩作を楽しんでいます。

中国語サークル「あすなろ会」にも俳句をたしなむ人が多く、会員の中の中山映子(皓雪)さんは俳人協会会員で俳誌「鴫」同人であり、船橋文学賞を受賞されるなど俳句界で活躍されています。

そこで今回俳句の選者になっていただいて「あすなろ」会員の俳句をご紹介しながら日本文化固有の俳句を紹介したいと思います。今回は春の季節にちなんだ作品で、解説も中山さんにお願いしました。そしてこの作品を中国語に翻訳して中国語の美しさも味わいたいと思いました。

しかしこの作業は漢詩の素養に疎いものにとっては困難な試みでしたが、同じ漢字文化でも俳句と漢詩の大きな違いや、表現方法の違いなど多く事を学びました。また響きの美しい古典の漢詩にふれることができたり、お互いの文化的理解の上で大きな収穫を得ることができました。中国語の翻訳及び校正は「あすなろ会」講師の王冰先生です。世界は近くなりました。パリからの御協力です。 

以下は中山映子さんによる俳句紹介です。会員の俳句を通して春の感慨をお楽しみ下さい。 

俳句とは

俳句は五、七、五の17音から成りその中に季語を含んでいることが重要である。短い言葉の俳句が、ある時には一篇の小説以上の力を発揮することもある。そのためにはもう一つの「切れ字」が必要になってくる。

定型(五、七、五)、季語、切れ字(や、かな、けり)の3つが揃うことによって俳句が俳句としての力を十分に発揮する事ができるといわれている。

日本の伝統的な詩歌の流れを辿ってみても、長歌⇨短歌⇨俳句と、その主流が長い型から短い型へと移行している。かって五音、七音,五音の長句と、七音、七音の短句とを交互に並べた連句が主流であったが、今日では五音、七音、五音の俳句がそれに取って代わっている。五、七、五の俳句は日本語の詩歌の長い歴史の末に辿り着いた極限の美しい韻律をもった型式である。(藤田湘子「実作俳句入門」参照)

桜蘂降る若者の頭陀袋  中山皓雪

(中文試訳)花去櫻蘂憐影紛 黒発頭陀袋 添愁惜春人 

桜の花びらが散ったあと、しばらくして萼(がく)に付いていた細かい蘂(しべ・雄しべと雌しべ)がこぼれるように降ってくる、それは落花の趣とは違った感慨を覚える。桜蘂降る中を頭陀袋を提げた若者が通る。若者が好む頭陀袋(雑多な品物を入れて運ぶ、簡単なつくりの布製の袋)だけに一層の哀愁が漂い、春の盛りを過ぎた情景を彷彿させ、春を惜しむ気分を誘う。<桜蘂降る>が季語。 

沓揃へをく初蝶を迎ふべく 齋藤厚子

(中文試訳)麗日沐幼蕾 和風拂新苗 唯初蝶携春到

春の訪れをいち早く知らせてくれる初蝶を待つ心の高ぶり、華やぎを、沓を揃えて待っているからと表現。「靴」ではなく「沓」で無ければ初蝶は似合わないと思う。<季語>は初蝶。

註:沓”は履き物で現在のものの多くは“靴”と書く。 俳句では旧仮名づかいで表現するのが慣わしで、“揃へをく”は現代かな遣いでは“揃えおく”。“迎ふべく”は“迎うべく”。

山桜花嫁像の立つ峠  玉井良江

(中文試訳)櫻蔭羊腸徑 馬揺新嫁娘 山間像婷立遠眺

房総の和田浦(鴨川)にハイキングに行った時の句。

かつて、隣村に嫁にゆくのに、山の細道を馬に揺られて越えたという。そのころを偲んで花嫁峠と名がつき、峠に花嫁の像が立っている。眼下には和田浦の眺めがひろがる。季語は<山桜>。

これからも小室の四季折々のお便りにそえて、俳句をご紹介します。お楽しみ下さい。