| 山東行きを断念して1ヵ月後、夫が「膀胱癌」を宣告され即手術をしました。日本に居たから発見が早かったとのだとつくづく思いました。今はおかげさまで、後遺症も残さずどうにか元気で暮らしております。私の足も随分早く歩けるようになりました。
11年間、外国で教えた学生は1500人以上になるでしょうか。今も学生との交流は続き、嬉しいメールが時々届きます。彼らとの心の交流と思い出の数々は私たちの財産になりました。
家族の理解と友人知人、そして学生と現地の方々の助けがあったから11年もできたことで、改めて多くの方々に感謝します。
私たちは今、年金生活者ですが、夫は55歳で退職してボランテア日本語教師になったので、定年まで勤め上げた皆さんに比べて年金額がかなり安いことが最近わかりました。早期退職した当時は年金のことなど深く考えもしませんでした。
しかし、二人とも 55歳で踏み切ってよかった思っています。あの年齢で決心した外国日本語教師生活だったからこそ出来た仕事だった気がします。その勢いでタジキスタンにもシベリアにも行ってこれたし、選択に悔いはありません。
失うものよりより、何倍もの幸せを貰ったとしみじみ思うからです。

「日本語教師の思い出」を今回の30回をもって終了させていただきます。
長い間本当にありがとうございました。
このページの編集にあたり、ご指導、校正をしていただいた国際交流協会ボランティアのオキテルさんに深く感謝いたします。
なおパソコンで描いた外国の風景の絵が500枚前後になりました。よろしかったら私のHPの方にもお出かけくださいませ。
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