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 日本語教師時代の思い出・21

田端道子(09110.3)

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No 23
 


    首都 ドシャンベ 
 


3
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女の宴

生活

タジキスタンはイスラム教の国なので、毎日の生活リズムがその教えに則って動いているようでした。

日に5回のアラーの神への祈り、ラマダンという絶食の習慣、男女別々の宴会、原則としてお酒を飲まないなど、私にはどれもめずらしく興味深いものでした。

しかし、律儀に5回お祈りする人もいれば、いいかげんな人もいるし、お酒を飲むのも個人の自由のようでした。タジク人のイスラム教はとてもおおらかで、他人を非難しない優しさがありました。

立派な教会やお寺でなく、空き地に建てたバラック小屋に敷物をしき、町内の長老が礼拝を仕切ってみんなで経典を暗唱していました。

偶像も経典もなく、ただ天を仰いで祈る姿は崇高で、日常の生活の中、親から子へ口伝されていく宗教は、いいものだと思いました。

タジク人は敬老の心が強く、貧しい人,困っている人に優しいのにも感心しました。互助精神がとても強い人々で、それはいつも神さまが見ておられるという精神からくるもののようでした。

実はこの互助精神が裏目に出て困ったことがありました。。
学生は試験中、隣や後ろの友人に平気で答案用紙を見せるのです。中には試験中に歩いて見にくる学生もいます。皆で助け合うのです。
「これはカンニングといって、してはいけない行為です」と禁止するのに一苦労しました。カンニング禁止の習慣が定着するのに一年かかりました。

タジク料理

上の写真はタジキスタンの典型的なお客を招待する時の宴の形式です。人々は座って宴を囲み、そして指で食べ物を掴んで食べます。熱い紅茶がいつもでます。

私と夫は何度も近所の男だけの宴会、女だけの宴会に招待されました。
言葉は通じませんが、ボディランゲージでたいていのことは分かりました。

男女別というのは昔からの宗教の習慣らしいですが、お互いその方が気楽でいいという雰囲気で宴は盛り上がっていました。

料理は炭水化物のオンパレードです。ナンや菓子パン、甘い果物、飴、菓子類とお茶でした。最後に定番の「シュルボ」というトマトと野菜、羊肉煮込んだシチューと、羊油たっぷりのチャーハンに似た「プロフ」がでました。

タジキスタンの女性は若いときは輝くような美しさですが、結婚して2年も経つと巨大な体に変身します。やはり炭水化物の食事が多いからだと思います。


ナンのはなし    タジク料理

ナンとお茶だけの「チャイ」という喫茶店がたくさんありました。
主食のナンは市場でも売っていますが、たいていの家庭では女たちが家族連れで焼いていていました。よく焼きたてを貰いました。あの味は忘れられません。


タジクのこどもたち
子供は兄弟が多く町に溢れて元気に遊んいました。。上の子が下の子をおんぶして遊ぶ光景は昔の日本のようでした。
踊らにゃ損損
タジク人は踊り大好き、教室でも直ぐに踊りたがりました。タジクの曲は時に激しく、時に哀愁漂い魅力的でした。
タジクのデザイン  タジクの絵
美しい茶器がたくさんありました。
タジクの素晴らしいデザインをごらんください
愛知博・タジク館
イスラム圏ですが7世紀ごろまで仏教が盛んでした。今世紀素晴らしいアジナベ木造涅槃像が発見されました


トピックス
タジクの教え子ジャホンギル君が国際交流基金の招きで9月から半年の予定で来日しています。
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