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 日本語教師時代の思い出・20

田端道子(090921)

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田端道子(090921)

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No 21 


タジキスタンのの象徴・綿と麦  
 


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美人ぞろいの女子学生
タジキスタン国立言語大学

 「思い出の日々」  へどうぞ

11年間の外国での日本語教師生活で、どこが一番思い出になりましたか?と聞かれれば、私も主人も迷わず「タジキスタン」と声を揃えて言うでしょう。

タジキスタンの日々は苦しみ、悲しみ、驚き、疲労の多い国でしたが、それ以上の喜びと、愛情を山ほどもらった感激の多い日々だったといえます。

私たちはこの大学初めての日本人教師でした。そのあとは正式に日本人教師は行っていません。

タジキスタンは今だ紛争続くアフガニスタンのお隣の国であり、生活条件衛生状態も悪いので、日本人教師の安全がまだ保障されないという理由があるようです。

私たちの後の1年間、たまたまタジキスタンに来ていた若い日本人学生たちが、ボランテアで日本語の授業を引き受けてくれたので学生たちにとっては本当にラッキーでした。

その後は今までJICAもNGOも国際交流基金も民間ボランテア団体も日本人教師を派遣してくれません。教師を派遣するには過酷な国だったということです。

それゆえ私たちの一年間はやりがいのある仕事をしたといえるし、学生たちも熱烈歓迎してくれました。

たった一年ではありましたが私たちの蒔いた種は確実に芽を出し、タジキスタンに日本語を話せる人が増えて、教師も育ちつつあります。

それに昨年はシェラーリ君、今年はジャホンギル君と次々にタジクの教え子が来日し、国際交流基金の外国人日本語教師になるための研修を受けています。

来日中のジャホンギルくん

どなたかタジキスタンに日本語教師として行って見たい方はいらしゃいませんか?

まず体力が必要です。そして交通費、生活費は全て自前です。
しかし、誰もが経験できない素晴らしい充実した日々が待っています。

ご連絡をお待ちしています。学生たちも首を長くして待っています。


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