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 日本語教師時代の思い出・19

田端道子(090921)

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田端道子(090921)

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田端道子(090823)

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No 20

 


北京理工大学の秋  道子画
 「北京理工大学スナップ 」 へどうぞ

 


 

北京理工大学

 

北京第二外国語学院を2年で終り、次は南の福建省アモイ市にあるアモイ大学に移り、2年後再び北京に戻りました。

今回はアモイ大学の思い出は後にまわし、同じ北京の北京理工大学での思い出を先に綴ってみたいと思います。

北京理工大学は、名のとうり理科系の有名な大学です。
この大学には、私たちが赴任する4年前に文科系の外国語学部が誕生し、日本語科も新設されたばかりの学部のひとつでした。


語学系外国人教師用の宿舎はまだなく、私たちの住まいは、にわかに改装された留学生寮の一角でした。

台所もついて設備はまずまずだったのですが、なにしろ階下や隣室の留学生たちの騒音には悩ませられました。
連日深夜まで、お酒を飲んでの喧嘩、絶叫、大音量の音楽にとうとう睡眠不足、いたたまれなくなりました。

ただこの大学は敷地が広く 四季折々の自然の美しさは格別でした。
学生の気質はおとなしく真面目に勉強していました。


日本に帰国していた娘一家が孫二人を連れて遊びにきました。
彼らが大喜びて見学した
「北京恐竜博物館」へどうぞ

北京の大学日本語スピーチコンテスト

私たちは、赴任するとすぐに日本語スピーチ大会に出る学生の指導と大会後に行われるアトラクションの指導を学部長から頼まれました。
アトラクションとは、合唱や独唱、日本語劇、コントなどの出しもので大学単位に競いあいます。

外国における日本語教師の役割は、学部から依頼されたあらゆることを柔軟にこなさなければなりません。質はともかくオ−ルマイテイが要求されます。

短歌、俳句、お茶、お花をさわりだけでも教えてと頼まれる時もあります。夫は中国人院生に日本式漢文を教えたこともあります。

今回、夫はソーラン節の振り付けと合唱指導まで、なかばやけくそで教えました。

会場は毎年北京外国語大学と清華大学とのどちらかで行われ、双方の大学のどちらかの学生が優勝と、やる前から相場はほぼ決まっています。
この大会は、日本企業がスポンサーとなって賞品がでます。

学生を優勝させるためにはそれなりのテクニックがあるようです。審査員でもある日本企業の各代表にいかに受けるかが肝要なのです。

たとえば、絶叫するようなわざとらしい表現、ショッキングな内容、また他人の文やまだ理解していない難しい日本語の乱用、日本人教師の手がはいりすぎた文をスピーチするなどなど。
そこに素人の審査員方は感動してしまうのです。

夫は学生に自分の言葉で自分の思いをスピーチさせること、あくまで日本語学習中の挑戦と考え、一年生らしい素直なスピーチをと地道な指導をしました。その年、理工大代表のK君は入賞こそ逃したものの特別賞をいただきました。彼のスピーチは会場に新風を吹き込ませました

翌年は、一年担当のわたしはアトラクションを指導するように頼まれました。
私がシナリオを書き、規定時間10分での「大足のシンデレラ」という喜劇を一年生にやらせました。

主人公のシンデレラはわざと背の高い男子学生にに演じさせました。学生たちは放課後や夜にあつまり、練習にはげみました。

当日の理工大学の日本語劇は大うけで2等賞をとりました。まだできたばかりの理工大学日本語科を北京中ににアピールすることができて、学部長は大喜びでとても感謝されました。学生たちはおおいに自信をつけました。

北京日本人教師会

毎月 北京国際交流基金センターの部屋を借りて、日本人教師会が開かれお互いに情報交換したり、勉強会をしたり会食したりしました。毎月15人ほどの老若男女の教師が北京中の大学や専門学校、高校から集まりました。

この勉強会では、依頼を受けると国際交流基金北京派遣の日本語の専門家が講義をしてくれました。

最前線で学生と接し、人間同士の国際交流をし、奮闘している現場の日本語教師の感
覚と、日本語教授法や文法など、学問として捉えたがる学者先生方とのずれを私は常々感じました。
とはいえ、若い教師の新しい教授法も勉強になりました。

建国門にある北京国際交流基金には図書閲覧室があり、日本語に関する本が揃っており、中国人学生も利用することができました。


北京の人々
        道子画

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1999年 外交学院・ 2年生の作文」

北京の3大学5年間の思い出は終了します
よろしかったら「北京の風」へどうぞ

 


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